| 【タイトル】 | ・・・【オトとケサ】 |
| 昔なあ。 | |
| 甑島にも十五夜どんが近づいてきもした。 | |
| おそなえにするぼた餅と、ねておる、ととさんや、目のわいか、かかさんに、 | |
| 食べさすいぼた餅ば作らねばならん。そいで、姉のオトと妹のケサは、「なべくら」んたんぼに、 | |
| 稲刈りにいくことにないもした。二人はとても、仲のよい姉妹で、どこにいくにもいっしょやいもした。 | |
| オトは十五、ケサは十三、とても親切で、村でもひょばんのよか娘たちやった。 | |
| 二人(フタ)いは、わが家(エ)んことばっかいじゃなく、ひとん家ん手伝いやら、子供ん守(モイ)をよくしといもした。 | |
| そいと言ふのも、父の留吉は、ずっと前に、薪(タキモン)取いきやいたて、ハチにさされて、木から落ち、 | |
| 足を折いもして、そいから寝たままやったし、母のシオは、父の代わいの働きすぎやら、心配やらで、 | |
| 目が見えんごとなっておいもした。 | |
| 「行たくっでえよう」 | |
| 「よう怪我(ヤマチ)ばせんごと、気ばつけていけよう」 | |
| 「暗(クロウ)ならんうちい早よう戻ってけ−よう」 | |
| オトとケサは、元気よく出かけて行きもした。しかし、此いが別れえなったとは、誰(ダイ)も知っといはずはあいもさんやった。 | |
| 「なべくら」は、平良から一里(約4km)位もはなれたとこいで、しかも、ろくな道もなく、海岸の岩ん間を通っとで、 | |
| 潮のみっているときなんか、とても、あぶなかとこやいもした。 | |
| オトとケサは、田んぼについて一生懸命に、かまを動かしもした。十五夜どんの丸いお月様の事を考えておいもした。 | |
| また村中のにぎやかな、綱うちや、綱ひきのことも考えておいもした。そのうちい、日もだいぶん西の方にかたむいて、 | |
| 風もひえびえしてきもした。遅くなってはと思(オンム)うて、二人は帰へるかまえばそもした。そして大きないねん束ば、 | |
| 「どっこいっしょう」 | |
| と、背中きゃあからいもした。無理したのでか、だいぶんおぶか気がしもした。 | |
| 「足もてえ、気ばっけよう、重(オブ)はなっか」 | |
| 「うんにゃあ、あんまいおぶはなかろう」 | |
| 二人は田の中から、海べに出もした。風が音ばたてて吹いておいもした。 | |
| 沖の方から、波が白か牙を出して、二人におそいかかってきそうやいもした。 | |
| オトはなんども立ち止まって、後ろば見ちゃあすいすい、波ばよけて歩きもした。 | |
| ケサの稲束がだんだん重(オブ)うなって、背中から落ちそうにないもした。今朝に向かってきた太かなみが、 | |
| 足もとん砂ばごっそい、とっていきもした。「あっ」というひまもあいもさんやった。 | |
| ケサは、稲束といっしょに、波に引かれていきもした。それに気づいたオトは、稲束ば振り落として、 | |
| 「あよう、だいか助けてくれんかな」 | |
| と、声にならん声でおらびながら、見えたい、隠れたいする稲束めがけて、飛び込んでいきもした。 | |
| が、もう、女一人の、オトの力だけじゃあどうすいこともできもさんやった。 | |
| 二人は帰らぬ海の藻屑になり岸辺の波の音だけが、一入高うないもした。 | |
| 二、三日して十五夜どんのお月さまが、向かいの山から大きな顔ば出しもした。 | |
| 波ひとつなか海のうえに、金のこなを、撒っかけたような夜やいもす。こいが、二人の命ばとったとは、どうしても | |
| 考えられんような海やいもす。あの日から、村中の人びとの、海から、おかからのさがしかたも、 | |
| 心からのお祈りのかいものうして、ただ二つの稲束が、岸辺にうちあがっておっただけやいもした。 | |
| 母のシオは、そいからまるで気ちがいのごとなって、毎晩二人のすがたば、さがしまわって歩きもした。 | |
| 目の見えないシオは、 | |
| 「オトと、ケサー、どけーおっとかー」 | |
| 「オトと、ケサー、一度でよかで、つらば見せんかー」 | |
| と、さけんで、いっとき耳に手ばあてて、返事ばまっといかっこうすいばって、声は、 | |
| ただ遠うかとこい流されていくばっかいやいもした。そいでも、シオは何度も石にふっかかいながら、波のくる砂っ原を、 | |
| 「オトとケサ」、「オトとケサ」とおらびながら歩きもした。 | |
| ひょっと、シオの前にオトとケサの姿が見えもした。シオの目のさきにぼんやい見えもした。 | |
| シオは、うれしゅうなって、二人に走りよいもした。とこいがシオが一足ゆけば、一足後(アテ)えすだい、 | |
| 二足ゆけば、二足あてえすだいもす。そいでもシオは、 | |
| 「オトと、ケサ}、「オトと、ケサ」と、おらびながら、よっていこうとしもした。シオがばたばたしながら、海んなきゃ、 | |
| 消ゆいまでにゃ、そう長(ナ)んか時間なかかいもさんやった。シオも又オトとケサの後を追うたわけやいもす。 | |
| 丸かお月さんは、なんがあっても知らんように、きれいにすみきった空の真ん中ののぼって行きもした。 | |
| そいからは、毎晩のごと、向かいの山で、 | |
| 「オトとケサ」、「オトとケサ」と鳴く鳥がおいごとないもした。 | |
| そして、平良の人は、オトとケサのおらんごとなったとこいを、 | |
| 「かなしい浦」ということで、「かなしが浦(ブラ)」シオが死んだとこいを「シオが浦(ブラ)と言うようにないもした。 | |
| もう、そい限いのむかあし。 | |