| 【タイトル】 | ・・・【狐の恩返し】 |
| 昔なあ。 | |
| とない村あなあ、奉行(フウクウ)に行たとった息子がな、重(オブ)か病(ヤンミャ)あにかかって、 | |
| 死んかかいよるちゅうて、知らせば貰うて、次平おっちゃんな急(イセ)えで、息子ん好きなもんば | |
| 沢山(ベッタイ)つくって背中(セナ)きゃかるうて、出かけて行きもしたよ。せいせい、 | |
| いういう急(イセ)えで行きよったとこいが、途中で狐どんに出会たちゅうもすが。狐どんが、 | |
| 「おっちゃ、何ば、そがん急(イセ)えでどけえ行くとな」て聞くもんやっでえ、 | |
| 「息子がなあ、重か病(ヤンミャ)あで、死んかかいよっでえ」ちゅて聞かせもしたが、 | |
| 「この前、おっちゃんに、こっぱんだごば貰ううたこともあいもしたなあ、ようし、いっとき待っていやいもしてんか」 | |
| て、いうて、やぼん中さみゃ入って行きもした。 | |
| そしたとこいが、いっときばっかいして、狐どんな、太いか笊(ザル)に蛞蝓(ナメクジ)ば、ずんばいとってきて、 | |
| 「おっちゃん、おっちゃん、こいば持って行きゃいもせ、途中で、どがん人(フテ)え出会ても、 | |
| どがんことん起こっても、決してこいば離しちゃないもさんど、わかいもしたな」ちゅうて、 | |
| 二つん笊に分けて、荷い棒(メッジャシ)で、荷なわせてくれたちうもすが。次平おっちゃんな、 | |
| どろどろしてうようよしとる蛞蝓ば見て、あんまい良か気持ちじゃあなかったばって、断わいもならじん、 | |
| いわれたごとして、肩に荷(イ)のうて山せえ登っていきもした。 | |
| そしたとこいが、きれいかおなごん娘が、うしろから追いちてきもしてな、 | |
| 「おっちゃん、おっちゃん、何処(ドケ)え、そがん急(イセ)えで行くとな、おいもとない村あ行きよったいばって、 | |
| 一人で気細かったとこいやっでえ、一緒に伴(テ)のうで行きもそうや」そげんいうて頼むもんやっでえ、 | |
| 人の好(ヨ)か次平おっちゃんのことやっでね、その娘と伴(テ)のうで行くこてえないもしたちゅが。 | |
| そん中(ウチ)い、峠ん辻堂まで来もしたとこいが、日どんさまもとっぷいと暮れて、真っ黒うなったもんやっでえな、 | |
| その晩な、そん辻堂の中(ナキャ)あ宿ろうちゅうこてえないもしたちゅうが。 | |
| くっすいと眠っとった次平おっちゃんな、夜中すぎい、胸ん辺が、ひえひえして、気持ん悪(ワイ)かとば気じいてな、 | |
| 目が覚めて、上ん方ば見たいば、太か蛇(ヘエブ)が、天井ん梁い尻尾ば巻きつけて、ぶら下がっておいもした。 | |
| 次平おっちゃんな、おらびじゃあたちゅうもすが。いんま先きまであっちん方に眠っとったはずん娘はおらんじな。 | |
| そん蛇は赤か舌ば出し出し、おっちゃんば、呑もう呑もうとしよるとこやいもした。 | |
| おっちゃんな、びっくいたまがって、がたがたふるうじゃあて、そん時、はっとしてな、山ん下で、 | |
| 狐どんが言うたことば思いついてな、枕んもてえ置(エ)てあった笊ば、しっかいと抱(カカ)えくうで、 | |
| じっと夜の明くっとば待っておいやったとよ。 | |
| 天井の梁ん蛇な、次平おっちゃんが、蛞蝓ば抱えておいもんやっでえ、飛っかかいがならず、とうとう諦めて、 | |
| 夜の明けた頃、何処さみゃか居らんごとなってしもうたちゅうもさあ。 | |
| 次平おっちゃんな、やっとかっとで、息子んとこい行きつきもした。そんうちい、元気になった息子と伴(テ)のうで、 | |
| またこん前ん笊ば荷のうて帰り道にゃ何ごとものうして、峠ばおりて来よいもしたとよ。 | |
| そしたとこいが、峠ん下でな、狐どんが待っておいもしたちうで、次平おっちゃんな、こいまでん話ば聞かせて、 | |
| 「おおきに、おおきに」て言うて、狐どんの手ばとって、息子と二人でな、御礼ば言いもしたちゅでえ狐どんも喜(ヨイ)くうで、 | |
| 「良かったなあ、あいば見付(メッケ)かてえ、なまな難儀ばしたばって、役に立つことんできて、ほんとうに良かった」 | |
| と言ふて、とてもよいくうだちうことやいもした。 | |
| そいから、この辺じゃあ、蛞蝓ん多うか屋敷やっとか畑にゃ、あんまい蛇の出んもんやって、 | |
| 昔ん爺さんどもから、聞かされよったもんやいもした。 | |
| もう、そい限いのむかあし。 | |